【Aug_05】ドクトル大石


大石誠之助がはじめた「新宮病院」。のちに「赤門出」の医者に取って代わられる。

大石自体は、同志社英学校を3年で中途。東大予備門の予備校「神田共立学校」に入るが、
下宿の友達の洋書を無断で売却して訴えられて、重禁錮1ヶ月20日監視6ヶ月の刑を受け、結局進学を諦め渡米。

南方熊楠も同じように共立学校から東大予備門へ行き、1年で挫折、その後渡米しているのと酷似。
生まれも1867年で慶応3年4月15日と11月4日で同年。

しかし43歳で処刑された大石に対して、田辺にいた熊楠は冷たかった。
「神社合祀問題」でそれどころではなかった…1910年に熊楠も逮捕されている。

写真UPしました。
【on_Flickr】0805_KUMANO