【Dec_21】「下北沢駅」新駅舎計画


哲学が「汝自身を知れ」という言葉通り
「我」としての自分自身を知るための学問だとすれば、
社会学は「我々」としての私たちが「何者」で
「どこから来て」「どこへ行く」のかを知るための学問にほかならない。

マクドナルドのハンバーガーを美味しいと感じたり、
ETCを便利だと感じる感受性が〈システム〉を外側から正当化してくれる、
などと見倣してはならないのです。
「これがいい」「あれがいい」という感覚や価値観自体が
〈システム〉の自己言及的な分泌物です。


ありとあらゆるものが恣意的であることを指摘し、
それを指摘する自分の営みもまた恣意的である
ことに自己言及するのが、社会学です。
(by社会学者_宮台真司)

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つまり、この「下北沢駅」新駅舎計画のVISIONは、
我々の描く未来の自己言及物であり、
描く未来をどこまでも正当化する自己弁解物である…ということ。

自分たちの歩んでいる道は正しい…その裏付けとなる思想なり思考を
「物化」した建築物だということなのです。

そのVISIONを仰ぎ見て、「さもしい」と感じるワタシは、
その背景にある思想や思考を「さもしい」と感じているからなのです。

そのように、様々に「物化」された構造体によって、
人間の思想や思考は方向付けされていることを、
意識することが「社会学」であり、
その客体化に依ってしか軌道修正は図れないことを
キモに銘じておくべきです。