【Dec_20】朝比奈隆


2001年12月29日に93歳の生涯を閉じたマエストロ、朝比奈隆。
没後10年と大阪フィルハーモニー設立65周年を記念した回顧展が
民音博物館で行われていたので、観に行った。

朝比奈隆は1994年、実際にブルックナー8番を聴きに行っている。
その時は86歳。それでも指揮者としてはかなりの高齢なのだけど、
長大で荘厳なブルックナーの8番をこれでもか、これでもか…と
畳みかけるように音の重なりで聴衆を圧倒し、
鳴り止まないカーテンコールに、背筋を伸ばしてしっかり応えていた姿がいまでも目に焼き付いている。

今回の回顧展で、なんとも希有な音楽家であったことを改めて認識した。

54年間ものあいだひとつの楽団を育んできたってのも他の指揮者にはない偉業だし、
その楽団が大阪を拠点としているってのも当時としてはかなり珍しい。

なんでも東京一極集中だった戦後まもない1947年に、
大阪をホームとする関西交響楽団を立ち上げて死ぬまで主席指揮者を務めた。

そのねちっこさというか、地力のすごさというか、
1994年に目の前ですくっと立っていた朝比奈隆そのままのひたむきさというか。
東京ではなく、大阪から文化を発信することで、ニッポン全体の成熟度を底上げしようとしていた
その視点の広さと、細やかさには、ホントに感服する。

実際、この8番を他の交響楽団のものと聴き比べると、
朝比奈隆の8番はどこまでも愛に溢れていて、とてつもなく繊細だ。

朝比奈隆に出会わなかったら、ブルックナーも知らずに通り過ぎていただろう。

そう考えると、人間の出逢いの素晴らしさに、心顫える。
こんな偉大な人間を生み出してきたニッポンだったのに…。

何をどう間違えたら、安倍みたいな人間が生まれるのだろうか。