【野狐禅】カモメ


カモメ/野狐禅

ボクはもう疲れ切ってしまってね
部屋のカーテンを
全部締め切ったんだよ

ボクはもう疲れ切ってしまってね
段ボール箱の中に
閉じこもったんだよ

青を塗って
白を塗って
一息ついてから
最後にボクの気持ちを塗った

空の絵を描いていたつもりが
海みたいになってしまって
開き直って カモメを描いた

ボクはもう疲れ切ってしまってね
部屋のカーテンを
全部締め切ったんだよ

ボクはもう疲れ切ってしまって
段ボール箱の中に
閉じこもったんだよ

君との思い出を書いて
君への感謝の気持ちを書いて
一息ついてから
最後にボクの本当の気持ちを書いた

遺書を書いていたつもりが
ラブレターみたいになってしまって
丁寧に折りたたんで 君に渡した

青を塗って
白を塗って
一息ついてから
最後にボクの気持ちを塗った

空の絵を描いていたつもりが
海みたいになってしまって
開き直って カモメを描いた

   ●

野狐禅

…やこぜんと読む。
仏教用語では、偽りの禅の悟りのこと。生禅。
また、やこ「野狐」は、ひとに取り憑いて騙す生き物の象徴として、ある。

そんな言葉をユニット名にしたふたり
今日はじめて知った。

この歌を聴いて、虜になった。

やはり、歌は作り手の生き様を露呈する。
生活の一場面を切り取ったような歌詞だけれども、
「生」に対峙する作り手の愚直さ、生きることへの実直さが、
どどどどどどどどどどどどどどっどどっと、心に雪崩れ込んできた。

うわうわうわうわうわ。

なんとストレートな生き様なんだろう。

なんと不器用で、ごろごろいびつで、
危なっかしくて、救いようがなくて、愛しいのだろう。

あああ、これに比べて、
ニッポンの主流は、どうしてこんなにも小賢しいのだ。

一億総消費者意識。

生きることのモノサシが、損か得かで一刀両断されている。
生きるコトの指針が、経営者的損得で善し悪しにつながっている。

どう考えたって、今原発をベトナムに「販売」することが仁義に反していることは明らかなのに、
対国際社会でのニッポンの立ち位置…とかいったもっともな前置きを持って、
ニッポン国民が、ニッポン国政府の行為を是認している。

ベトナムとニッポンの国際協力とは表向きの、完全な「商売」行為でしかないっていうのに。

世界を取り巻く様相が、すべてこの損得で測られてしまっている現状に、
野狐禅なら「かしこいですなぁ」と言葉を返すのだろうか。

「生きる」ことに愚直に向き合えば、人として為すべきコトは
まず寄り添うことだと、わかるはずだろ。

ボクももう疲れ切ってしまったよ。
それでも一息ついて
最後にボクの気持ちを塗って、死にたい。

…愚直に。実直に。