
1855年の安政江戸地震のあと、
1923年の関東大震災でふたたび吉原は炎上する。
災厄の多い時代ではあっただろうが、
堀で囲まれ木造が犇めいて在ったとされる遊郭は
炎に包まれるとひとたまりも無かったことだろう。
多くの遊女が炎から逃れようとこの弁天池に身を投じた。
その供養塔は、風を受けて果敢に胸を張る弁財天。
そのお姿に力強さと、ここ吉原の持つ磁場を感入った。
竹野に住まう舞台写真家の地域自治。

1855年の安政江戸地震のあと、
1923年の関東大震災でふたたび吉原は炎上する。
災厄の多い時代ではあっただろうが、
堀で囲まれ木造が犇めいて在ったとされる遊郭は
炎に包まれるとひとたまりも無かったことだろう。
多くの遊女が炎から逃れようとこの弁天池に身を投じた。
その供養塔は、風を受けて果敢に胸を張る弁財天。
そのお姿に力強さと、ここ吉原の持つ磁場を感入った。