昨日の昼、炎天下の中、首里の坂を自転車で登り詰め、
コミュニティ局「タイフーンFM」の「ヒトワク」で
28日から始まる2つの写真展の告知を行ってきた。
前回は「RYUBO写真フェスティバル」の告知で
同じ「ヒトワク」出演だったが、
自分の写真展の告知で
いったい何をしゃべればいいのだろう?
…と、半ば戦々恐々。
しかし、いざブースに入ってみると、
なんのことはない。
言葉が次々と出てくる。
写真との出会い、
今回の写真展のきっかけ、
撮影するということ…。
日頃漠然と捉えている写真行為が
言葉としてしっかり表出できた。
なるほど。
自分の言葉は、
勝手に這い上がってくるのね。
●
女性ばかりを撮り下ろした「ゆれる。」@桜坂「g」
2度の台湾訪問をカタチにした「臺灣」@流求茶館
どちらも共通してあるのは、
ボクの目を通して見た世界であること。
写真というメディアの面白さは
そこにあると思う。
写真家が世界を認識する行為が、
作品として表出する点だ。
ロバートフランクはアメリカを漂流し、
カメラを通してアメリカを捉え、認識しようとした。
その結果が「the Americans」として
今やアメリカを語るバイブル的写真集となっている。
そのロバートフランクはスイス人である。
「ゆれる。」の女性にしても
「臺灣」の隣国の日常にしても
その被写体との距離感は、意外に均一である。
セレクトし、並べてみて自分でも思うのだが、
妙な距離感が感じられるのだ。
一言で言えば、「冷めている」。
アツイ写真を撮ろうと躍起になった時期もあったが、
これはもう、自分が持って生まれたスタンスだと
最近は開き直って、とことん「冷めた」写真を撮ろうと思っている。
2つの写真展、
そんな写真家のスタンスを楽しむには
もってこいのテーマではないか…と思う。
