テンションについて


徹夜明けの昨日、茫洋としたアタマで本屋へ行く。
何気なく手にした「STUDIO VOICE」。

2008年を創る20人のクリエイターたち!
と題した特集が気になって、パラパラめくる。

その中に大橋仁は、いた。

彼のことは、写真家として常に気になっている。
クリエイター大橋仁の記事を読む。

日本の新進作家vol.6「スティル/アライブ」
に出展する写真について彼は語っていた。

オンナ、イヌ、ウミ。

それが、出展される作品の被写体だ。
パッと見、共通点が見えにくい…だろうと、大橋は答える。

「この3枚は、ボクのテンションが同じなんです。」
撮影したときのテンションが同じだから、この3枚を選んだと彼は言う。

「テンションを撮りたい。」
テンションと出会い、収めることで達成感が得られる。

「自己の世界観とか語る人がいるけど、狭いと思うんですよ」
他者と出会ってその人のテンションに触発された時の感動ほど、すばらしいものはない…と大橋は語る。

…そうか。

…自己に省みる。

写真をそのような媒介と考えたことがあっただろうか。
自己表現の域にひたすら留まり、トリミングを施すに重きを置いていなかったか。

他者の体温を感じて、
熱を帯びた自分が興奮してシャッターを切る。

基本的に写真を撮るときは、テンションが上がっている。
掃除機のように、周りの情景を吸い込んでいる。
しかし、そこまで対象の熱を意識したことは、…なかった。

大森克己のワークショップで学んだことは、なんだったのか。
…そんな自省の声が、聞こえてきた。

いかん、いかん。
感性が摩耗してきた。