
人は死んだらどこにいくのだろう?
ある時ふと…
後ろ姿や、
悪態や、
口癖や、
匂いや、
怒声や、
笑い声なんかが
そのまま甦ってきたりする。
生きてる時だって、
ずっとそばにいたワケじゃない。
でも
辛いとき、楽しいとき、哀しいとき、
いきなり目の前に顕れては、
そっと声をかけてくれたりするんだ。
目に見える世界だけが、現実。
そんな杓子定規な価値観に追われ、
どんどん感覚がにぶってきてるけど、
森に分け入り、ケモノの気配を感じ、
五感を研ぎ澄ます状況に身をさらしてみると、
生と死が1と0のデジタルな境界線で隔てられているのではなく、
連綿と続くアナログな交錯で成り立っていることを思い知らされる。
死。
ボクは死を畏れる。
それは得体の知れないものとして。
それは未知へと続くものとして。
それは自己を超越した世界として。
だからこそ、
死を常に感じていたい。
そう考える。
身近なひとがいなくなる。
それはほんとに尊いことではあるけれど、
生と死のあわいを結ぶ「つな」として、
みずからの立ち位置をふりかえる良い機会なのだ…と思う。
「もがり」…とは、
いなくなったひとを想う時間や場所のこと。
埋葬の時代は、
死者の魂が戻ってくる時間として
しばらく亡きがらを安置していた…という。
メメントモリ。
死を想え。
「もり」は、
生きる意味を気づかせてくれる。
必見。