
電気用品安全法(PSE法)なるものが4月から施行され、
中古楽器、中古オーディオなどの古き佳きモノの扱いが危ぶまれているが、
ボクの人生の中でも、古き佳きビンテージものに囲まれていた時代があった。
美大時代、ボクは友だちに連れられて
吉祥寺の「Meg」というJazz喫茶に行った。
Jazz喫茶全盛の70年代に栄華を極めた老舗喫茶だ。
19歳だったボクには、Megのあった吉祥寺本町のホテル街へつながる裏通りや、Megが醸し出すキナ臭い雰囲気はかなり新鮮で、
店内に入るなり「すげえ、すげえ」を連発、静かにJazzを聞き入るリスナーのひんしゅくを買った。
…そう、Jazz喫茶は「私語厳禁」の特別な場所なのだった。
時は80年代後半、安保闘争もとっくに終わり、バブル景気に世の中浮き足立っている頃である。
トイレの壁には「アブサンの青い液体がドルフィーの魂を溶かす!!」「卑劣な心臓、卑劣な肺臓、卑劣な脳髄」「プロレタリアート万歳!」
「もし神が存在しないとしたら、すべては許されるだろう」「嘔吐!嘔吐!嘔吐!」「デカルト的コギトはヒューマニズムか?」……。
…白いタイルの上に、ところ狭しと難解な言葉がひしめき合ってる。
「すげえ。」
コルトレーンが不協和なテナーサックスをがなり立て、エルヴィンが見事なタイム感覚でスネアを刻む。
眉間にしわを寄せた団塊の世代が、煮立ったコーヒーで2時間も3時間もJazzと格闘している。
持参したものさしをギターに見立て、ソロを興じている輩。
キースジャレットの「呻き声」に合わせ、時折中腰になる白髪の紳士。
オーネットコールマンのFREE JAZZに合わせて、体をゆすり原稿を書く物書きの男。
大きめのパンプスをバタバタさせながら、ホレスシルバーをリクエストする水商売の女。
登場人物がとにかく異質。Jazz喫茶の舞台装置がまずもって異質。「私語厳禁」の状況が異質。
JBLの特製スピーカーが御神体のように空間の上座に祀られ、大儀に説明文まで添えられている。
「こちらに鎮座する1950年代の名機、JBL特製スピーカーは高音域をラッパ型の特製云々…」
その御神体に対峙するように肘掛け付きの椅子が向かい合わせに並んでいる。
ほとんどの席が、テーブル1つに椅子1つのセットである。レイアウトがすでに会話を拒んでいる。
目につくものすべてが刺激的な、その空間に一目惚れしたボクはすぐさまアルバイトを申し込み、
以後卒業までの3年間、週末は「Jazz喫茶に12時間」の特異な生活習慣を送ることになる。
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街全体が眠りについたような閑散とした日曜日に、
昼間からビンテージもののJazzレコードに針を落とす感覚は、ステキだった。
燦々と照りつける太陽が出ていようが、どんよりとした淀んだ曇り空だろうが、
窓のない暗闇のJazz空間には無関係だったが、ボクの気持ちには大きく影響した。
気持ちも踊る清々しい日には、West Coastの軽めのJazzを、
内向的な感覚に陥りそうな寒々とした日には、60年代のインパルスJazzを、
とにかく元気がほしい日には、ブルーノートのHard Bopを好んでかけた。
レコードは無尽蔵にあった。おそらく5,000枚は下らないと思う。
あらゆる種類のあらゆるアーティストが整理整頓されて棚に収められていた。
ボクは飽きることなくすべてのレコードに目を通し、針を落とした。
客の動向や趣向を見分けながら、レコードを選ぶ悦びは格別だった。
難解なリクエストに無言で応えるときの優越感も、独特なものだった。
空間そのものがビンテージ。古いモノにしか味わえない時間の澱を堪能した3年間だ。