
真理は、ホワイトボードに図を描きながら、
資本主義の「構造」を説明していく
(ちなみに「構造」の語をめぐっては日本語とフランス語の間に微妙なニュアンスの隔たりがある。
最初、マリー゠ルーが「fonctionnement(作動の仕方)」と言ったのを、真理は「構造」と翻訳する。
より抽象度の高い「構造」(あるいは「システム」)と言いかえることで、
より大きな問題へと結びつけるのである。
それをマリー゠ルーが再び「fonctionnement」の次元で引き受けていくことになる)。
資本主義は、「今ここ」(=都市)が上手くいくために、
「外部」から資源を収奪し「外部」へと問題を押しつけるシステムだ。
「外部」とは、田舎、グローバル・サウス、貧民、そして自然を指す。
資本主義は、次々と「外部」を発見、
再編していくが、「外部」は無限ではない。
さらなる問題は、民主主義やリベラルが、
資本主義に「依存」し「一体化」しているという点にある。
民主主義は、都市部でしか支持を得られない。
「外部」に置かれた圧倒的多数が、
自分たちを搾取し侮蔑するリベラルを憎悪するのは
「当然」のことであるのだ。
真理の声に力がこもる。
真理の講義は、マリー゠ルーの課題を浮かび上がらせるとともに
(彼女の苦境はリベラルの状況そのものだ)、
こうした「構造」からの「抜け道」――より正確には、
「fonctionnement」の別の可能性と言うべきだろう――を想像することを可能にする。
では、別の可能性とは何か。
それは、足裏マッサージをしながら真理が口にした
「力を抜いた方がいい」という言葉に集約されているように思う。
パリに戻った後のミーティングで、
マリー゠ルーはソフィーに謝罪をする。
そして研修を年3回から年2回に減らすことを宣言。
しかしそれはユマニチュード断念の敗北宣言ではない。
ユマニチュードへの執着を緩め、力を抜くこと。
それによって「遊び」が生まれ、
物事がうまく回り始める。
ユマニチュード(=人間らしさ)が取り戻されていく。
入居者家族へのインタビューの催し
「ヴァネッサの部屋」に職員を登場させることで、
職員間の回路が立ち上がる。
そして外部の支援に頼ったカフェの運営が、
外との回路を作り出していく。
それにつれて経営者側の視線も変わっていくだろう。
角井誠(すみい・まこと)抜粋